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ひっそりヲタなはなし。 えば熱復活中(ミサ加持限定)。 ブログ内全ての無断複製及び転載を禁じます。
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「にゃ〜んにゃんにゃん」

リツコのラボの入り口が開くなり
猫の鳴き声の真似をした

何事かとリツコは振り向くと
頭だけ猫の着ぐるみを着た良く知ってる人物が
招き猫の手の状態でリツコに手を振っていた

「・・・ミサトね」

リツコは半分呆れながらモニターに視線を戻した

「え〜もうバレちゃったの〜服まで変えたのにつまんない」

ミサトは頭に乗った猫のかぶり物をスポッと脱いで
顔を左右に振り髪を下ろした

「そんな綺麗な長い足丸出しじゃすぐ分かるわよ」
「だいたい声で分かるし」

相変わらずリツコの視線はモニターに向けられていたが
表情は柔らかで笑みを浮かべていた

「うにゃ〜褒めてるんだかけなされてるんだか」
「声色も変えたのに〜」

ミサトはリツコの横に空いていた椅子に座って
恨めしそうな顔で彼女に寄りかかった

「あら、褒めてるのよ」

最大級の褒め言葉なのに・・・とリツコは笑った



「今日は猫の日なんだって」
「だから猫大好きなリツコにサプライズの予定だったのに〜」

ミサトはせっかく変身したのに〜と口を尖らせながら
猫のかぶり物の中から小さなギフトを出した

「これあげたかっただけなんだけれどね」
「『のせ猫』の写真集だよ〜ん」

リツコの動きが止まる

「え?」

ミサトはそのギフトをリツコに押し付ける

「いやこれって結構前に出たヤツなのは知ってるんだけれどさ」
「ほらあの猫達ががみかん手に乗っけたりしてるヤツTVで観たし」
「リツコが下のコンビニでどうしよっかな〜って顔で見てたの何回か見たもので」

リツコの動きが完全に止まった

そうだった・・・買おうと思う度に知っている顔に会って
スルーしたりして今日まで結局手に入れていなかったのだ
まさかミサトに見られていたとは

あまり綺麗なラッピングとはいえない包み方で
きっとミサトが不器用に包んだのだろうとリツコは苦笑いする
けれどそんなミサトの気持ちが嬉しかった

「・・・ありがと」
「でも猫の日だっていうだけでもらうのも何だか悪いわね」

そんなリツコに相変わらずミサトは拗ね気味で

「何言ってるの」

「ずっとラボに篭りっきりじゃない」
「最近は一緒に飲みにも行ってないし」
「リツコと仕事以外でも付き合いたいじゃない」
「ま〜仕事ではぶつかる事も多いけれどさ」

次から次へと喋るミサトはそんな意図はなかったが
リツコに口を挟ませなかった

「だ〜か〜ら〜笑わせれたらいいかなって思ったの」
「だって最近のリツコ怖い顔ばっかりしてるんだもん」
「もちろん仕事に私情はわたしも挟む気ないわよ〜けどねぇ」

要は自分を心配してくれたって事なのだろうが

相変わらずペラペラと気恥ずかしいことばかり
ミサトにずらっと並べられて
手には大好きな猫の写真集
思わず顔が綻ぶ

リツコは降参した



「ミサト、今日は付き合うわよ・・・いつものラウンジで良ければ」

ミサトの顔がパッと明るくなった
それまでの拗ねた顔からコロッと笑顔になる
子供の様なミサトの表情に
リツコは思わず吹き出しそうにになる
そしてこの目の前の友人の分かり易い顔を見ていたら
思わず余計な事を言ってしまう

「・・・加持くんは誘わなくていいのかしら」

「い〜わよ、どうせどっかで女のコ引っ掛けてるんだろうし〜あのバカ」

一瞬ミサトの顔が膨れ気味になったが
すぐに明るい顔に戻った

「じゃ着替えて来る〜10分後に集合だからねっっ」

ミサトは元気良くラボを出て行った
・・・大きな猫のかぶり物を残して

リツコは苦笑いしながらその猫をひと撫ですると
白衣を脱いで化粧を直しラウンジへ向かった
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無意識に押した番号

それは遠い昔に付き合っていた頃の
加持の携帯番号だった

ミサトはワンコールした所でハッとする

慌てて切ろうとボタンを押しかけた所で
相手の声が聞こえた

「加持です」

少しだけ余所行きな声
だが間違いない彼の声で

電話をかける予定だった相手が出たにも関わらず
ミサトは言葉に詰まる


「・・・えっと」


一瞬の間


「・・・君から電話なんてめずらしいな」


電話口の声は穏やかに低く響く

ミサトは加持の声が好きだった
他にはない印象的な声で
『葛城』と呼ばれるだけで心臓が震えそうになる時さえあって
未だにその声を独り占め出来た至福の時間を忘れる事が出来ない

歳を重ねた分少しだけ低音になった加持の声は
それでもやはりミサトの心を捉える

また顔が見えない分
学生時代に戻ったような気がした

(そっか、まだこの番号使っていたんだ)

あの時の回線を残していたのだろうか
NERVから支給されている携帯電話以外に
ミサトも外部の友人向けに個人用の物を持ってはいたが
番号は昔とは違う

加持と別れてからすぐに携帯電話の番号を変えた

その時はとにかく連絡を取る術は全て取り除きたかったのだ
けれどリツコには本当に叱られた

(あれは凄い剣幕だったわね・・・)

学校を去って一ヶ月過ぎた頃
真っ先に電話をかけた受話器の先の美しい友人は
少し涙声だったのを覚えている


実はリツコに連絡を取るまでの1ヶ月半
初めての軍隊生活は厳しく頭も体も酷使した
また外部との連絡も取ることも禁止されていたので
当然携帯電話は一時的に没収されていた

だがこの生活で忘れられると思った加持の事は
結局頭から離れる事はなかった

消灯時間になると二段ベットが並べられた共同部屋は真っ暗になる

セカンドインパクト後に暗闇が苦手になったミサトは
寝る時はいつも小さな電球を付けていたし
ここに来る前には加持が傍にいてくれたから安心して寝られた
たまにフラッシュバックしてパニックになる時も
加持が必ず抱きしめてくれた

忘れるどころか恋しくなるばかりで

あの時の事は今思い出しても
心が痛いというか胸が苦しくなる・・・けれど
もう8年も前のこと


「随分と愛着あるのね...まだこの番号使ってたの」


ミサトは胸の内を悟られないように
なるべく明るい声を出すように努める


「どこかのお姫様からかかってくるかもしれないと思ってたからさ」

「あんたにはお姫様が沢山いるものね」

「なんだよヤキモチか?」

「ンなワケないでしょ〜が」

「相変わらず連れないなぁ〜」

「・・・バッカみたい」


いつもの調子で返してくる加持の声も明るかったが
ミサトも用件どころか加持の冗談が絡みの話に付き合い
ふたりともどこか空周りしているような応酬で
思わずミサトはため息を付き呟いた


「ホント、何やってんだか」


電話の向こうの加持も
苦笑いしているように感じる

その加持の声がそれまでと変わった

「それよりどうかしたのか・・・緊急の用事とか」


ミサトが加持に電話をかけるのまでに1時間

携帯電話を持ってマンションを出たり入ったり
自室の机に座って考え込んだり
お風呂場に入り込んだり

シンジもアスカもミサトが落ち着きなくうろうろしているのを見て
最初こそ気遣っているようだったが
そのうち放っておくことにしたらしく傍観者を決め込んでいた

そんな2人に気がついて慌ててマンションを出てルノーに乗り込み
やっと繋がった電話だった

ただ日向に教えてもらった電話番号とは別の番号をかけてしまったが



「・・・ただお礼が言いたかっただけよ」

ミサトはそれまでの迷いを吹っ切ったかの様に
一気に話しだす

「シンちゃん達本当に喜んでいたから」

「とても楽しみにしていてみんなの分の一生懸命お弁当を作って」
「帰ってきてからもいろいろ話してくれたのよ」

「NERVに来て以来ずっと大変な思いさせてきているから」
「あんなにはしゃいでいるシンちゃんを見るのは初めてだったし」

加持がシンジやアスカ達を社会見学に
海洋生物研究所へ連れて行ってくれたことの
お礼をミサトは丁寧に述べた


「そんなに喜んでたか」

加持はミサトの電話の理由を知り
嬉しい様な寂しい様な複雑な気持ちになる

それでも最近ミサトには殆ど無視されていたせいもあって
こんな言葉をもらえるとは思わなかった

ミサトのすまなそうな声

「・・・わたしが行けなくて申し訳なかったんだけれど」

それはミサトを傷つけるだけだと思うと
加持の口調が強くなった

「いや、葛城は着ちゃ駄目だ」

しかしすぐ柔らかくなる声

「・・・ほら俺は暇だしさ」

受話器越しのミサトの声もホッとしたようだった

「うん・・・本当にありがと」

加持はあまりに素直なミサトの反応に声を失う
きっと傍にいたら抱きしめてしまうんじゃないだろうか
そんなことを思う

けれどすぐ現実に引き戻される

「じゃ切るね」

「ああ」



ミサトの電話はすぐに切れた

(・・・相変わらず素っ気ないなぁ)

でもそれがミサトらしいと思う

加持は胸ポケットから煙草を出し
口にくわえたが火を点けずにすぐにライターを下ろす

そしてここではないどこか遠い所を見ているようなまなざしで
ふっと微笑んだ

「・・・覚えてたのか」
「いやなんだかさ」
「このCD聞いたらとシンジ君に勝てないような気がするよ」

加持はリツコに1枚のCDを手渡す

『美人声館シリーズ・・・海崎愛実』

と書かれたCDジャケットに
漫画の女性のイラスト

そのCDをリツコは受け取ると
加持に似つかわしくないとしか思えなかった

「どう考えても葛城の声なんだよな〜」

リツコは怪訝な顔をした

「・・・何、ミサトこんなアルバイトしていたの」

多分な、と加持はジャケットを見つめる

「年下の男と恋愛してるらしいよ」
「先生と生徒って設定だし」

真剣に語る加持
リツコにしては珍しく笑いを堪えた

「それはリョウちゃん気が気じゃないわね」
「実生活とリンクしてるんじゃないの」

リツコのキツイ一言に加持は苦笑いする

「リっちゃんにそれ言われちゃうとなぁ・・・余計自信なくなるよ」

「・・・貴方も変なアルバイト辞めた方がいいわよ」

「・・・なんの事だか」

1枚のCDを囲んでいいオトナが語り合う
妙な会話はまだまだ続くのだった


このCDを見つけたのは諜報活動の賜物なのか
なんなのかよく分からなかったが

同級生じゃなくて年下と恋愛している
シュチュエーションに軽く嫉妬しながらも
なんだかかんだとCDをリピートする加持なのであった


○おまけ○

「ね、リョウちゃん」
「・・・そのCD貸してくれない」

「いいけど・・・」
「リっちゃんってホントあいつの事愛してるよな」

加持はストレートに言い放ったがリツコは動じないどころか
顔色ひとつ変えず上目遣いで加持を見た

「いえ、貴方には負けるわ」

「多分わたしは見つけられないもの・・・そんなCD」


*******************


今日届きましたよ
思いっきりミサトの声入ってますよ〜いやん

あ〜悶え死ぬかと思った
けどとても家人がいる所では聞けないわ
北米支部に配属されて2年目の秋

この季節が苦手になったのは君を・・・
葛城の事を思い出さずにいられないからなのか

それにしても懐かしくも過去に置いてきた記憶が
今日はリアルに感じられた


(犯人はこれか・・・)


大柄な女子職員が得意気な笑顔で大きめの鉢を抱えていた
・・・そのふわっとした香りがあたりを漂う

その女性職員が大きめの鉢を俺に差し出す


「プレゼントよ」
「これはアジアの花なのね、日本にも沢山あったと聞いたわ」

「懐かしいでしょ」


(・・・懐かしいどころか)


思わず苦笑する

そのオレンジ色ちいさな花の香りは
ずっと忘れようとしても忘れられない
君の事をまた心に強く刻み付けるだけだから



大学三年生の秋
後期が始まっても君の姿は何処にも無かった

『捨てといて』と乱暴に書かれた紙が段ボールに貼られていた

出て行った君の私物は整理が苦手だけあり分別もされず
とにかく無造作に入れられていたけれど
使える物が多く捨てれずにまだアパートにある

どうしようか夏休み中に連絡を取ろうとして・・・やめた


『他に好きな人が出来たの』


その言葉を素直に信じた訳ではない
誤解される様な行動を取っていたのは俺の方だ

俺にはやらなければいけない事があったはずだった
だがそれを忘れる程にしあわせな時間を彼女はくれた

いつまでもこんな時間を過ごしていられないと思いつつ
俺は出来る限り君と一緒にいる事を望んだ
その時間を引き延ばせば引き延ばす程
君への愛おしさが増すだけだった

どうしても君から離れなくてはいけないのに
どうしても別れを告げられない

俺はどうしようもなく君との恋に溺れていた

酒と女性で自分をごまかし続けて
やっと君が俺に愛想を尽かし別れを切り出した時は
ちゃんと理解した振りをしてその男との事を
応援までする様な言葉をかけて

でも心は悲鳴をあげていた


それに俺は知っている

真面目な君がそんな簡単に他の男と恋愛出来る訳がない
付き合っている間も思わなかったし
今この段階でさえ思えなかった
・・・思いたくなかっただけかもしれないが

ただ万が一その事が本当だったらと思うと
君の私物の件は夏休みが終わってからでいいと
学校が始まるまではそれについて考える事から逃げた


だが後期が始まっても君の姿はおろか存在さえない

単位は殆ど取り切っていてもゼミは入るはずだと思ったのに
どこのゼミにも所属していなかった

知り合いの誰に聞いても居場所が分からない
君の友達も俺と君が別れた事を知らず
誰も君が姿を見せなくなった理由を
全く知らない事に不安と焦りを感じる

唯一知っていると思われたリっちゃんも
あまり大学で姿を見かけず研究室に入り浸り
その口は重く閉ざされている

大学に聞いても個人情報だから答えられないの一点張り
そう言われると分かっていても
聞かずにいられなかった俺は多分冷静ではなかった

学校が始まって1週間経っても君を見つけられない
あまり人気の無い大学の中庭で
講義も出ずに君の事を考え続けてた

どこからか漂って俺を包む花の香りがする
本来心地よい物なのだろうが
心穏やかではない俺を余計に苛立たせた
その香りを消す為に煙草を吸い続け途方に暮れる


結局俺は別れたはずの葛城を

捜して捜して捜して

捜し続けて

やっと拾った情報は戦自の訓練所だった


それから君の居場所を確認する為に
全てを知っているはずのリっちゃんに
何回かコンタクトしてやっと会ってもらえる事になった

待ち合わせの喫茶店に近づくとまたあの花の香りがする
どうやら喫茶店の生垣になっているオレンジ色の花がその正体で
まわりにその香りを振りまいているようだった

この匂いがどうしても好きになれない
君を捜す為にいろんな場所へ足を運んだ
そして何処へ行ってもこの香りに追いかけられ断ち切れない

まるで俺自身の君への想いの様なそんな感覚に俺は陥る


「そうよあのコは戦自の養成プログラムに入ったわ」


コーヒーを一口だけ飲み
吐き捨てる様にリっちゃんは言う

彼女の声はいつもに増して冷たくキツイ


「・・・そっか間違いないのか」


いつも通りに軽く受け流すつもりだった
けれど自分でも顔が強張るのが分かる


「どうして気になるの」
「もうミサトとは何でもないんでしょ」


リツコの口からピンと糸を張った様な
真直ぐで冷たい言葉が投げかけられる


その通りだった

葛城とはもう別れた
自分勝手に俺が望んだ事だ

リっちゃんに返す言葉も無く俺は煙草に火をつけた


(戦自か・・・)


戦略自衛隊に入隊をすることを希望する学生が
軍隊独特の専門分野の勉強をしながら訓練もする

戦略自衛隊も人員不足で人材が必要だったし
大学のうちからこのプログラムを受ける事で
戦自も幹部をすぐに養成できる

しかし大学の単位となる訳ではない
卒業に足りる単位をとりきっていないものは
養成プログラム中にも別メニューで
その勉強をしなければならないという厳しい環境でもあった

また希望して入れる訳でもなく
適正のある生徒に大学を通して打診があり
最終的には生徒がどうするか決める

ただ生徒が訓練所に入所した情報は開示されず
表向きは民間企業などの研修扱いとなる為に
この養成プログラムを知っている者は
声をかけられた者が初めて知る

それがその時かき集めた情報の全て


(俺が知っているのはそれ位か)
(あいつは今何やってんだろうな・・・)


葛城がどうしているのか知りたかった
そしてこれからも情報を集める為に
俺は諜報活動をするつもりだった

煙草は一度しか肺に入れていないのに
もう燃え尽きかけている


(随分と意識を飛ばしていたみたいだな)


我に返るとリっちゃんが怪訝な顔で俺を見ていた
その煙草を携帯の灰皿に押し付け新しい煙草を出す

するとリっちゃんが火を貸してくれる


「・・・ねぇリョウちゃん」


彼女の声の棘が消えた


「ミサトと貴方は友達とはいえ男と女の事だし・・・」
「何があったかなんて私がとやかく言う問題ではないのだろうけれど」


リっちゃんも煙草を出した
今度は俺が火を貸そうとしたが
彼女はその煙草を箱に戻してコーヒーを口に運んだ


「リョウちゃんと付き合っているうちは大丈夫だと思ったのよ」


彼女は薄く笑った・・・無理している様にも見える


「ミサトが将来的にそういった道へ進むのはなんとなく分かっていたけれど」
「貴方の手の中にいつも収まっているあのコを見てたし」
「在学中に・・・こんなに早く行くとは思わなかったのよ」


俺はその時素直に自分の気持ちを語るリっちゃんを
初めて見た気がした

おそらく唯一無二の友人が離れていった事に
寂しさを隠しきれないのだと思う


「・・・すまないリっちゃん」


心からそう思う

あまり自分の事を話さない彼女がそんな本音を漏らすだけで
俺には充分にリっちゃんの気持ちが分かった


「ミサト・・・ね」
「しあわせそうだったわ、貴方といて」


彼女が今日会って初めて真直ぐ俺を見た


「わたしも楽しかったわ」


冷えきったコーヒーカップを彼女は
大事そうに両手で包み込む様に持ち
その中の茶色い液体を静かに見つめてる


「リョウちゃんも寂しくなるわね」


リっちゃんはそう言うと窓の外を見て眉をひそめた


「・・・外の香り嫌いだわ」



まるで葛城のいない現実に割り込む様に入ってくるあの香り
気がつけば俺も彼女も煙草を一箱開けていた

逃げる様に濃いコーヒーと煙草をあおり
お互い言葉少なに過ごした

そして別れ際
生垣に植えられたオレンジ色のちいさな花木が
『金木犀』という花だとリっちゃんは教えてくれた


以来日本にいても海外にいても
金木犀がそこに存在しようとしまいと
秋が来ると記憶に染み付いたその香りがどこまでも追いかけて来て
葛城を捜し続けたあの時の自分と一緒にフラッシュバックする


何故毎年この季節が辛いのか
何故未だにいつも君の面影を追いかけるのか
何故君を守ってやれなかったのか

何故自分の復讐を・・・優先したのか


もしあの時君を離さなければ
俺達には違う人生があったのだろうか




「とてもいい香りね」


女性職員の声に我に返った


「貴方っていい男なのにいつまで経っても彼女も出来ないし」
「・・・ひょっとしたらホームシックなのかと思って」


そして彼女はいつまでレディに持たせるのと
俺に金木犀の鉢を押し付ける

それにしてもアメリカまで来て
この珍しい金木犀の鉢植えが
自分の元へやってくるとは思わなかった

苦い笑みがこぼれる

これは葛城をしあわせにしてやれなかった
罰なのだろうか

その小さなオレンジの花の香りはリアルに鼻をくすぐる
やはりあの時の自分を忘れさせてはくれることはなく
胸が締め付けられる様に痛い

そのプレゼントを辞退しようとおもったが・・・やめた

何故か数えきれない位に集まったちいさなオレンジの花を見つめると
心の底から沸き上がる愛しさを止めようがないのだった


「・・・大事にするよ」


鉢を見るとまた別の痛みが心を襲う

それは間違いなく今でも君を恋しく思う俺が
この花にその気持ちを忘れる事は出来ないと語りかけられている様だった
(・・・まるで雪みたい)


針槐樹の花は蝶のような形で可愛らしい
それぞれ寄り添って藤のようなぷっくりとした総を沢山付ける
その花は見頃を過ぎて雪のように花びらを散らしていた


(綺麗だなぁ)


(『ニセアカシア』なんて名前で呼ばれ何だか可哀相ね)


そんなことを思う

本当のアカシアの花は黄色くてミモザのようだけれど
わたしは白い花の針槐樹の方が好きだった


(雪か・・・)


最後に雪を見たのは14歳の時だった
父に連れられて行った南極で
・・・セカンドインパクトに遭遇した南極で
あの時は酷いブリサードだった気がする

あれ以来日本では雪が降らない
永遠に続くかと思うような夏が何年も続いた

昔の四季の様に少しずつ気温の変化が出始めた頃
生態系もそれと歩みを同じにするように戻り始めたが
それでも雪を見ることはない

針槐樹の並木道にぽつんと置かれたベンチにわたしは座り
雪のように散り続ける針槐樹の花びらを眺めていた



加持くんと別れよう・・・そう思った

けれど結論は出ていても
自分の気持ちをなかなか整理することが出来ずに
大学へ行った加持くんがいないアパートを抜け出して
ふらふらと宛てもなく歩く

抜けるような青い空が広がるこんな日は
どこまでも歩けるような気がして
気が付けばいつの間にかわたしは
この針槐樹の並木に紛れ込んでいたのだった


平日の昼間
学生が多いこの町だからか
誰もいない並木道


(・・・まるでわたしの為の様に散ってくれているみたい)


別れを切り出せない加持くんの為にも自分の為にも
わたしから離れるしかないのは分かっているのに
すっとどう告げたらいいのか言葉が見つからなかった


(嫌いな訳でもないのに・・・)

(何かこゆの変だよね)


加持くんが変わったのはいつからだったっけ

夜遅く泥酔して家に帰って来る日が多くなり
そのうちいろんな女のコと遊び歩いている噂が耳に入り
その中にわたしの友達の名前も混じっていて
もうどうしていいか分からなかった

でも友達のコトコやキヨミが
・・・というのも彼女達も加持くんに誘われてた
そんなふたりが荒れ気味のわたしに加持くんの事を話したのだった

『加持くんはミサトのことが一番大事なんだよ』
『わたしも達含めてどの女のコと遊んでいても
お酒入るとミサトとの惚気話になっちゃうんだもん』

彼女達は本当にわたしと加持くんの事を心配してくれていた
そんな友達に恵まれた事を感謝しつつも
本当に彼女達の言う通りなら
何故加持くんはわざわざわたしが誤解する事をするのだろう

ただわたしの中で結論はすぐに出た


加持くんはきっとわたしに嫌われようとしている
それはわたしから離れたいということだよね


付き合ってから2年が経とうとしていた
いつしか加持くんはあまり笑わなくなり難しい顔をする事が増えて
その視線の先にはわたしの知らない違う世界を見ているようで

それが父と重なった
南極で最期に見た父と

まるで父の様に家族を・・・わたしを顧みず
何処までも遠い所へ行ってしまうのではないかと

加持くんに父を重ねている事に恐怖を感じた



そしてわたしも忘れていた事に気づいた

あの時コトコが笑顔でわたしを励ます様に言ってくれたこと

『一番最初にゴールインするのはミサト達だと思ってるんだからね』

普通ならきっと嬉しいはずなのに・・・
その言葉にわたしは何故か安心する所か凍りついたのだ


加持くんが好き
もうどうしようもない位に


それなのに


わたしは加持くんとの今だけあれば良かった
その先・・・近い将来のことさえ何も考えられない
全く白紙、真っ白だ


あの時からずっと頭にあること


自分が何故助けられたのか
自分が何故独りぼっちになってしまったのか
自分が何故今生きているのか


わたしにはやるべき事があったはずで
その為にこの大学を選んだはずだった

そして先に見える物はそれしかなかったのに
見て見ない振りをして
その事を自分の何処かに封印してしまった


だって出会ってしまったのだ

最初はとんでもないヤツだと思ったし
付き合うなんてあり得ないって思ったのに
気がつけば加持くんとの恋に夢中になって
コントロールが効かなくなって溺れていった


でも今は

父親と加持くんを重ねて不安でたまらない事も
加持くんだけを見過ぎて自分の生きるべき道を忘れていた事も

目の前に突きつけられた現実なのだ

わたしの心は自己嫌悪と後悔でいっぱいになる


ふと一番頼れる友人の顔が浮かぶ


(全部話してしまおうかな・・・)


リツコの番号をケータイに表示してから画面を消す


(こればかりはリツコに相談するわけにもいかない・・・か)



もうすぐ夏休み

しかし今年のわたしにはそんな休みはない
夏休みに入ってすぐ大学を一時的に去る事になっていたからだ
その事を暫く口外してはいけない守秘義務もあった


(リツコにはきちんと後で連絡すれば分かってくれるよね)


わたしの荷物は少ないから大丈夫
アパートを引き上げたら余計な物は捨てて
すぐに寮に入るだけだし


(しっかし厳しいよな〜 )
(いきなり7月半ばからって早すぎだし)


なんて思うとなんだか自然に笑みが出た
けれどそんな自分の笑みとは反対に心の中は寂しかった


(・・・でもその方が忘れられるかもしれない)


ずっと加持くんと一緒にいるしあわせだけを感じていたかった


でもきっと加持くんはそれを望んでいない
わたしがだだを捏ねて加持くんにしがみついても彼が困るだけ

そしてわたしもこの先やるべき事が待っている
例え一緒にいられたとしても加持くんを巻き込む事は出来ない


(理由なんてなんとでも作ればいい)


わたしは自分に言い聞かす


(・・・ちゃんと終わらせよう、夏休みが始まる前には)


白い花びらはベンチに腰掛けているわたしにも次々と舞い降りてくる

針槐樹の花の香りは散りかけているとはいえ
並木道の空気を変えるほど強い
その甘さに加持くんを重ねる

今はむせ返るような香りに酔っていたかった
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